一般的にいえば、陰部にあって繰り返しできる潰瘍病変は性器ヘルペスであることが多い。
前回の受診では、初発で、かつ、発症してから時間が経っていたため、2次感染を起こしている陰部の潰瘍の治療を優先し、ヘルペスの証明をしなかった。で、今回の受診。
本人曰く、ここ何年も家族のために寝る時間も惜しんで仕事に励んできたのに、悪いことをした覚えもないのに、前回に引き続き今回の症状の再発。
しまいには、仕事場の便器が悪い。あそこでうつった。ということまで言い出してしまった。
それなら、今回は白黒はっきりつけよう、ということになって、必要な検査を一通り行った。
彼の希望もあったため、HIVや梅毒の検査も。
1週間後の再診。診察室に入ってくるなり彼は、頬をわずかに紅潮させながら、私に言った。
「やっぱりヘルペスですよね。」
私は首を横に振った。
「ちがうんです。検査はすべてOKなんです。」
ヘルペスの抗体価は4倍未満。
これは陰性である。その他の検査結果もすべて正常値を示している。
私は彼にたずねた。
「お風呂の浴槽に浸からないことが多くありませんか?」
彼は「最近はシャワーばかりですね。」
前回診察時にみた、彼の亀頭包皮は全体的に赤みを帯び、表面に光沢があった。
慢性の炎症のある粘膜像だった。
ここに、浴槽に浸からないため、皮膚毒性の比較的強めの細菌が付着し増殖したらどうなるだろう。
皮膚潰瘍となってもなんら不思議ではない。
再発性の陰部潰瘍。
このストーリー展開が私の客観的な判断を鈍らせたのだ。
診察室を出て行く時、Aさんは笑顔になっていた。
きっと奥さんともいろいろあったんだろう。詳しくは聞かなかった。
今日が彼にとっていい日であることは間違いないのだから。