Mさん♂は、本当に几帳面な男だ。
彼が初めて僕の外来にやってきたとき、彼の主訴は、陰部の痒みだった。

診察前に、患者さんに書いてもらう問診表があるのだが、それを見ると、「身に覚えがないのに、陰部が痒い。」と書いてあって、それを診察前に読んだ僕は、「亀頭とか、包皮とか、その辺が痒いのかな?」と、ただ漠然と思っていた。

診察室に入ってもらって、「どこが、痒いんですか?」と尋ねると、「ペニスではなくて、その周りの皮膚が痒いのです。」とのこと。
とりあえず、その場所を見せてもらうのが一番早そうなので、「ちょっと、ズボンと下着をおろしていただけますか?」というと、彼は、彼の持ち味である、几帳面さを全開にして、(もちろん、その時まで、彼の持ち味などわからなかったが。。。)ズボンをキチンとぬいで、さらに、折り目にそって、きれいにたたんでいく。
それに引き続いて、下着もきれいにたたんだ後、ズボンと下着をこれまた、きれいに重ねて、脱衣カゴの中に置いた。
流れるような動作だった。
そして、彼流のすべての儀式を終えると、僕の前に仁王立ちになって、どうぞ、という表情をして見せた。

実に潔い男である。陰部を見せてください、というと、大抵の男性患者さんは、もじもじすることが、多いのに。
それに引き換え、この彼の態度といったら。

診察してみると、陰毛の根元1本1本に卵のようなものが付着している。しかも、陰毛に必死にしがみついている、ケジラミの虫体もしっかりと観察できた。

「毛じらみですね。」僕は言った。
「どうしてなったのでしょう?」と彼。
「女性との性的な接触はありませんでしたか?」
「ここ1年は、ありません。」
「じゃあ、自分の寝具じゃないところで寝たことは?」
「そんなの、会社の仮眠室で、しょっちゅうです。」
「どんな格好で寝ているの?」
「シャツとパンツだけになって、毛布を掛けて寝ます。」
「おそらく、その仮眠室での感染でしょう。そこの寝具を全部取り替えるようにして、他の社員の方にも症状がないかどうか確かめてください。」

最近、この手の毛じらみが多い。確かな性的接触がないままに、感染し、痒みが出てくるので、まさか自分がそんなことになっているとは、全く想像できないのだ。

毛じらみ症の治療として、最もポピュラーなものに、スミスリンパウダーの塗布というのがあるが、このMさんの場合にも、これを処方し、1週間連続で使用するように、との指示を出した。

彼は帰り際、「先生、何か他にやるべきことはありますか?」と尋ねてきたので、「毛を剃ってしまうと、治りが早いかな。」と答えた。

3日後、頭髪と眉毛と睫毛以外の毛を、まるで、女の子のむだ毛処理のごとく、まさに、完璧に剃り上げた彼が、外来に現れた。

「先生、見てください。毎日剃って、3日で治しましたよ。」と、勝ち誇った顔で、鼻の穴を軽く膨らませている彼の、陰嚢の裏の皮膚の毛穴の1つに、頭を突っ込んで死に掛けている寄生体を、僕は見逃さなかった。

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