Lさん♀は今年30歳。もう10年も前から、彼女を診ている。

診始めた頃は、大抵、膣炎だったと思うのだが、その当時の、培養の結果を見てみると、今の概念で言う、細菌性膣症(BV)であった。
こんな菌がいましたよ、と僕が言うたび、ちょっと泣きそうな顔で話を聞いているのが、印象深い患者さんであった。

当時から、いろいろな治療を試みて、もう、だいたい、いいだろうというところまでいっても、約2ヶ月すると、彼女はまた、当クリニックへと舞い戻って来てしまう。そんなことを何度も繰り返していた。

ただ、これは、彼女の名誉のためにいっておくのだが、彼女は、決して、アブノーマルな性行為を行っているわけではないし、また、不潔にしているわけでもない。彼だって、診察したこともあるが、いたって健康で、様々の性感染症の感染はまったくない男性であった。

それでも、このBVという疾患は、その特徴通り、何度か再発を繰り返していた。しかし、論文等で、新しい知見が発表されるたび、
治療において、積極的なTRYを重ねていくうちに、次の再発までの時間が、どんどんと延びていった。
そうこうしている間に、彼女は、当クリニックに来院する必要が、ほぼなくなってしまい、実際、約2年間、来院することはなかった。

ところがである。彼女は、2年のインターバルを経て、僕の外来に戻ってきた。
あの時の彼とはすでに別れていて、今の彼は、彼女より、10歳位歳が上だとのこと。
何しろ、おりものが変だし、彼も変わったので、その原因を調べてほしい、というのが、彼女の望みだった。

診察すると、彼女の膣分泌物は、黄色かつ多量で、泡つぶ(気泡)を含んでいた。典型的な膣トリコモナス症のおりものだ。
顕微鏡にて観察してみると、やはり、無数のトリコモナス原虫が、ざわめくように、その身体を震わせているのが、見て取れた。

一般的なことを言えば、トリコモナス症というのは、女性の疾患である。
というのも、ある特定の男女間に、この、トリコモナスが寄生した場合、男性側に、前立腺肥大などの、いわゆる残尿が増加する疾患が、存在しないかぎり、男性は、排尿の度に、トリコモナス原虫を、ほぼすべて、体外に排出してしまうことが多い。
それに引き換え、女性の性器の構造は、そんな都合よくはできていない。一度入り込んだら、勝手には出て行ってくれないのだ。

ということから、トリコモナスの女性を診断した際に、男性側の検査を行ってみると、男性の結果は、意外とトリコモナス陰性であることが多い。
よって、もちろん、治療は双方に施し、最終的には、めでたしとなるにしても、最初の検査結果は、2人の間に何らかのわだかまりを
生じさせてしまうことが多い。

本症例の場合には、彼が10歳年上であることが、前立腺肥大年齢で、残尿を増加させる要因になってると考えられた。
が、それでも彼を検査してみると、トリコモナスは認められない。
仲良く2人で外来にやってきているこのカップルの行く末が、ほんのちょっとだけ、心配になった。
2人にそれぞれ、チニダゾールを処方し、1ヶ月後の再検査を指示し、お大事に、と診察室から送り出した。

僕が電子カルテに所見を書き込んでいると、彼らの声が待合からかすかに聞こえてくる。思わず、聞き耳を立ててみると、「あなたのせいで病気になったんだからね。」と、さっきの結果をまるで踏まえていない、彼女の攻撃的発言が。そして、「ごめんねェ。○○ちゃん。ほんと、ゴメン。ゆるしてよぉ。」と、超弱気な彼の発言も。
僕は思わず、ほっとしてしまった。この2人なら大丈夫だ。

それにしても、10年の歳月は、泣き虫だった女の子を一人前の大人の女に変えてしまっていた。
うれしいような、さみしいような。

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