梅毒の概要
梅毒は「Treponema pallidum subspecies pallidum(T.p)」が感染することによって起こる性感染症(性病・STD)の代表的疾患です。
この病気の面白いところは名前だけはものすごく有名だけれど実体がほとんど理解されていないことにあります。
まず以下を理解して下さい。
皮膚や粘膜の小さな傷からT.p.が進入して感染します。
やがて血行性に全身に散布されます。
いつ感染したかということで分類できます。
母体(胎盤)より感染し、生まれつきの梅毒を先天梅毒といいます。
もちろん生まれた後に感染が成立したものは後天梅毒です。
(いわゆる梅毒というのはこれのことです。)
また、症状から見た分類形式もあります。
皮膚・粘膜・その他の臓器に症状があるものは顕性梅毒
症状はないけれど血液検査のみ陽性のものは無症候梅毒
1948年施行の性病予防法(旧法)による統計では、1950年に、121461例であった本疾患も1998年には、553例まで減少させることができています。
(2006年には637例でした。1999年の新法施行以降横ばいから微増傾向です。)
これは、当時から現在までペニシリンの有効性が持続していることの証明でもあります。
梅毒の症状
次に梅毒の症状をお話ししましょう。
症状がある、ということは後天梅毒で顕性梅毒のことですよ。
■第1期梅毒(感染後3週~3か月)
・感染後約3週間するとT.p.の侵入部位(感染箇所)に硬いコリコリができます。
⇒初期硬結といいます。
・このコリコリはもう少し盛り上がってから中心部がジクジクしてきます。
⇒硬性下疳といいます。
・次にソケイ部(足の付け根)のリンパ節が腫れてきます。
⇒無痛性横痃といいます。これらを1期疹といいますが、基本的に痛くありません。
できる場所は何しろ感染部位です。
つまり、男子であれば、亀頭・包皮・冠状溝で、女子であれば、大陰唇・小陰唇・子宮膣部です。
放置していても2~3週間で消えてしまいます。
■第2期梅毒 (感染後3か月~3年)
・T.p.血行性に全身に広がっているので、体中あちこちの皮膚・粘膜に症状が出現します。
・まず初めに、体全体(躯幹>顔・四肢)に淡い紅色の皮疹がみられますが、放置していると数週で消えてしまいます。⇒バラ疹(見逃してしまいます。)
・感染後12週後になると、体のあちこちに直径1cm位までのコリコリが出来てきます。色は赤茶っぽい感じです。
⇒丘疹性梅毒疹(これが性器や肛門にできると、外観がちょっと湿っぽくなって扁平コンジローマになります。できてる場所を考えればわかると思いますが、これこそまさに感染源になります。)
・手のひらとか足の裏など角質の硬い部分に赤っぽい湿疹ができます。
引っ掻くとフケみたいなものが落ちます。⇒梅毒性乾癬(診断の決め手になります。)
・のどに多発性の口内炎(梅毒性アンギーナ)や多発性の円形脱毛(梅毒性脱毛)が見られることもあります。(あんまりないです。)
■第3期梅毒 (感染後3~10年)
・コリコリに年季が入ってきます。⇒結節性梅毒疹やゴム腫と呼ばれる状態になります。(現在ではほとんど見られません)
■第4期梅毒 (感染後10年~)
・梅毒が皮膚・粘膜を超えて拡がっていきます。⇒大動脈炎・大動脈瘤(血管梅毒)や脊髄癆・進行麻痺(神経梅毒)です。もちろん現在ではほとんどないです。
ここまで来ると梅毒という疾患のアウトラインがほぼ見えてきたのではないかと思いますがどうでしょう?
ただ、まだお話していないものがありますね。
そうです。
無症候性梅毒と先天梅毒です。
■無症候性梅毒
症状は認めないが、梅毒血清反応が陽性のものを指します。
もちろん疑陽性をなくすため他の検査も行って梅毒の確定が必要です。
臨床的には、以下の3つの時期がそれにあたります。
・初感染後、全く症状が出ない時期(場合)
・第1期から2期への移行期
・第2期の発疹消失後
この時期、はっきりいって感染者に自覚が全くありません。
知らずに移してしまう、ということが起きる時期です。
■先天梅毒 (現在日本人には、ほぼなしです。妊婦検診で必ずチェックしますので。)
梅毒に罹っている母親から生まれた児で、
・生まれた時に胎内感染よるための症状を示す場合(肝脾腫・紫斑・黄疸・低出生体重・脈絡網膜炎など)
・乳幼児期に梅毒疹・骨軟骨炎をみるもの
・学童期以降になってHutchinson3徴候(実質性角膜炎・内耳性難聴・Hutchinson歯)が 出るもの
また、子宮内で梅毒の感染が起こった場合、50%は死産、50%は先天梅毒となります。
1999年から2008年まで、日本でみられた先天梅毒症例は、54例で母子手帳の普及率を考えれば、それらの多くは、外国人や路上生活者だったのではないかとの指摘があります。
以上のようになります。
梅毒の診断
どのようにして梅毒感染を知るか?ということになりますが、この方法論はすでに確立していて、特に血液検査を用いた方法は、医療機関においては日常の診療に当たり前に使われています。
■直接検出(鏡検)
初期硬結・軟性下疳・扁平コンジローマなど、病原体がいそうな部位をメスなどで傷つけ、出てくる液体をインクで染めて、油浸レンズで観察し、トレポネーマを見つける。
■血液検査
2つのカテゴリーの検査より1つずつ選んで検査します。
その結果から感染のステージを推測していきます。
・STS法(カルジオライピン抗原使用)⇒以下の3法より1つ選択
1.ガラス板法
2.RPRカードテスト
3.凝集法
T.p.を抗原とする方法⇒以下の2法より1つ選択
1.TPHA
2.FTA-ABS
私は個人的には、ガラス板法とTPHAの組み合わせが好きです。
この2者を使った評価方法の概略を示します。
ガラス板 | TPHA | 評価 | |
---|---|---|---|
1 | + | - | 感染初期or疑陽性 |
2 | + | + | 感染 |
3 | - | + | 治癒 |
4 | - | - | 未感染or 感染初期 |
だいたいこんな感じで評価しますが、実際にはプラスの程度(抗体価)やその変化も加味して考えます。
ここで梅毒のスクリーニング方法としての血液検査の意義をざっくり言ってしまうと、
『罹ってるかどうかはTPHAのプラスで。』
『治ったかどうかはガラス板法のマイナスで。』
となります。
もちろん検査を行う上で大事なことは、感染してから十分に時間が経過(5週以上)しているということです。
第1~2期の顕性梅毒患者および感染後1年以内の無症候性梅毒患者として診断された者と90日以内に性交渉のあった場合、梅毒血清反応検査は必須であります。
梅毒の治療
病態を把握しにくいこの疾患も治療はいたってシンプルです。
理由は簡単です。
使用するペニシリンに耐性を持っている梅毒がないからです。
ですので、
ビクシリンとかサワシリンなどの合成ペニシリンを1回500mgを1日3回で投与します。(1日1500mg)
投与期間は一応の目安があります。
・第1期梅毒:2~4週間
・第2期梅毒:4~8週間
・第3期梅毒:8~12週間(病期が分からない時もこの長さで投与)
私が患者さんの梅毒を診察する際は、第2期の不顕性梅毒であることが多く、投与期間は4週間であることが一番多いと思います。
治癒判定
治療を一定期間行った後に、前述のSTS法から1つ選んでその抗体価を測定します。
まず目指すポイントとして、8倍というのがあって、そこを切ってくれば、陰転化(1倍未満)するのも時間の問題(数か月かかりますが)となってきます。
ただし、治療後6か月を経過しても抗体価が16倍を下回って来なければ、治っていないもの、又は、再感染として再び治療を行います。
もちろんあまりにも抗体価が落ちてこない症例では、HIV感染を疑うというのは原則となっています。